2017年1月26日木曜日

加賀百万石へ

寝苦しい夜だった。暖房の効き過ぎで全く眠れやしない。部屋の暖房を切ってみるも変化なし。ホテルだから当然窓も自力では開けられない。




たまり兼ねフロントに電話する。暑ぅて寝られんのですが・・・係の女性が申し訳なさそうに対策を教えてくれるには、チェーンを掛けて出入り口のドアを開けたままで寝るしかないと言う。




そうですか・・・って、そんなの嫌に決まっとるやないけ!10分程空気を入れ替え少しマシになったかな。




3時間くらいウトウトしただろうか。寝不足のまま12階の朝食会場へ。今日もまだ雪がすごいや。




 
 

しかも道路はツルンツルンっぽい。


 




イヤだなぁ。でもそれより何より腹がペコペコ。きっとビュッフェだから気を取り直して。






よっしゃぁ〜!やっぱりビュッフェ。大好物がズラリ!



シリアル大好きなんだよね。たっぷり牛乳を掛けて、と。ちょっとふやけた所とパリパリ感のバランス大事です。




クロワッサン2個とこれまた大好物のフレンチトースト。しかもフランスパンじゃないの!なんちゃらエッグも黄身が硬めでグー!ホワイトなスープも具がたっぷり。




何もかも旨い。朝から幸せ〜。フレンチトーストとベーコンもう1回おかわりしよ。エビとカボチャのパン粉焼きも1個付けて。







こんだけ食べれば昼まで持つでしょ。



さてと、チェックアウトして昨日のセミナー会場へ。



寝不足なのに講義が楽しくて全く睡魔に襲われない。こんな事初めてだ。




お楽しみの兼六園は11:00から。今回は時間が無いので歴史・名所巡りは諦めていた。なんてラッキー!





みんなで歩いて金沢城公園を抜ける。金沢城には百万石にふさわしい立派な門や櫓はあるが天守閣はない。







1602年、落雷による火災で焼失したが前田家は外様大名。立派な天守閣なんて作ってしまうと徳川家に何を言われるかわかったもんじゃない。百万石とは言え財政も厳しかった様だ。




金沢市は天守閣の復元を考えていない事もない。とにかく復元するための資料が少ないのだそう。門や櫓など復元できるだけの資料が揃った所から随時復元していく計画という訳らしい。




雪が降り始めたと思うと晴れ間が出て、又雪が降り始めての繰り返し。お天気雨ならぬお天気雪。ジャバジャバツルツルしながら兼六園へと歩く。




 

北陸の風物詩としてお馴染みの『雪吊り』。毎年11月1日に始まる。水分の多い金沢の雪。重みで木が折れるのを防ぐ為、市内に植えてある木の殆どに施してある。



使用している縄は能登半島産の稲の藁から作った物で、それ専用に栽培していて、3月に取り外した後は、堆肥として再利用する。



それにしても寒い。と思ったら、池が氷っている・・・






流れのある小川は氷ってないな。




 
 
 
兼六園を案内して下さったのは、これから昼ご飯を食べに行く、園の入り口付近にあるお店の方。兼六園をしっかり見ようと思えば半日必要らしい。それを40分で案内したとの事だった。



もっとゆっくり見たかったな。でもいいや、もともと来られないと思っていたんだから贅沢は言わない。



朝食あんなにガッツリ食べたのに、昼時になればちゃんと腹が減るもんだ。兼六園を案内してくれた方のお店で昼食だ。



そうそう、兼六園ではちゃんと課題の写真をたくさん撮りました。お昼ご飯の写真もおいしそうに撮るよう講師に言われ、松剣撮りました。渾身の4枚!



いつもと一緒ですが・・・と言われそうだが、刺身が違うでしょ?ちょっと大胆にアップにして見た。





なんか昨夜と似た様な献立。でも治部煮はきっとお店によって具材も味付けも様々みたい。ここのは昨夜のよりもちょっぴり醤油が強めだな。



食事を終え、売店の方に行くと昨夜の懇親会で右隣に座っていた女性が凄い物を持っていた。
 
 

ジャジャーン!何と金箔アイス。1個いくらと思うかな?何と1,000円!しかし金箔には一切味は無かったそうだ。



 
 

そろそろ兼六園ともお別れし、研修会場へ戻る。デジカメでみんなが撮影した写真をスクリーンに映し出し、良い所、悪いところを講師が見てくれる。



全てのセミナーが終了したのは15:00だった。これからもう1カ所行きたいところがある。残り2時間弱、お土産も買わなきゃいけないけど間に合うな。



幸いにも行きたい所はセミナー会場のすぐ隣。



 


加賀百万石の礎を築いた前田利家公とその妻まつを祀る尾山神社。本殿は普通の神社だが、何が凄いってこの奇抜な神門。




 
 

夜になるとライトアップされ、ステンドグラスが妖しく光るのだそう。今日は時間が無いから見られないな。残念!

 

こっちは何だ?



 
 


利家の兜。変わった碑だ。兜柔らかいのか、硬いのか?触ってみればよかった。





『槍の又左』と呼ばれた若き日の利家か。若い信長に小姓として仕え、赤母衣衆として従軍し槍の名手だったのでこの異名を持った。ある事が信長の逆鱗に触れ、一時期追放されるなど、かなりやんちゃだったらしい。



そんな利家を支えたのが正室まつ。何と2男9女を産んだ。利家亡き後は剃髪し芳春院と号する。






とにかく時間が気になるわ、雪は凄いわでゆっくり見られなかったのが残念!またいつか訪れる機会があれば雪のない時期に来たいよね。



でも金沢なんて遠くて滅多に来る事なんてないだろう。今回は本当にラッキーだった。



金沢出発の前日だった。相方が金沢はきっとすごく寒いだろうからとマフラーと手袋を買って帰ってくれた。






先週の事、松剣相方にとても悪い事をして、いや心無い一言で相方を激怒させてしまった。今回このマフラーを巻く度、手袋をはめる度に相方の温かさを感じ、あぁ悪い事したな・・・と反省したのだった。



お陰で寒さを感じる事なく2日間を過ごせました。ありがとう。そしてまだ謝っていませんでした。本当にごめんなさい。これからもよろしくお願いします。